[G★2006#104]極私的G★雑感――韓国ゲーム開発者事情〜業界を支える屋台骨――
どこを見ても,子供・子供・子供・子供……。彼らもあと10年もすれば,自らの将来に頭を悩ませることになる。そのころ韓国ゲーム事情はどうなっているのだろうか
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早いもので,もうG★の季節がやってきた(そして終わった)。ソウル中心部からずいぶん外れた会場で行われるこのショウも,今年で2回目だ。G★を取り巻く周辺情報については,昨年の記事に詳しいのでそちらを参照してほしいのだが,なんといっても最大の特徴は,上から下まですべて行政が取り仕切っている,という部分だろう(*1)。さすが国益の一環を担うオンラインゲーム事業である。ショウとはいえ,その取り組み方は半端ではない(*2)。
そんな韓国のオンラインゲーム事情だが,今年はちょっと様変わりしていた。以前から言われている大作MMORPGからの脱却,FPSの台頭などというごく当たり前の情報はさて置くとして,もっとも大きな変化は,時代の変化から取り残されつつあるパブリッシャの「世代交代」がジワリと見えてきたことだろうか。これについては諸説様々な意見が飛び交っているが,周辺の情報を色々と鑑みても,今が彼らにとっての“試練のとき”であることは容易に想像できる。
■日本にいま,「オンラインゲーム開発者」は何人いるのだろう
さて,昨年のレポートで
“オンラインゲーム”という広いくくりをするならば,あと2年くらいは韓国オンラインゲーム市場は安泰だろうと思ったのが,編集者としての私の偽らざる感想だ。
と書いたが,それは今年になっても変わることはなかった。いやむしろ,さらに数年間は安泰に違いない,という確信を得るに至った。
その最大の要因は,「教育」である。 ゲームを明確に国の産業として位置づけている韓国は,単なる会社経営上の設備やコストのサポートだけでなく,それらを支える人材の育成にも余念がない。「ゲーム大国」「コンテンツ大国」と呼ばれる割には,なぜかまだまだゲームというものの社会的地位の低い日本に比べれば,雲泥の差だ。中でももっとも差があると感じたもの,かつこのままでは日本は追いつけない,と焦りを感じた最大のものが,「教育体制」だ。
ゲーム開発を専門で教える学校は,全国で80校を数える。総合大学の中に「ゲーム専門学科」を抱える学校が50校ほどあるとのことなので,乱暴な足し算をするならその数130校。そしてその130校の卒業生の60〜70%は,キッチリとゲーム関連会社に職を得て,韓国オンラインゲーム業界を支える屋台骨として君臨するとのことだ。 ちなみに一つの学校を例にとると,1クラス25人で12クラス,合計すると,一学年で300名。それが比較的平均的な姿らしい。これを鵜呑みにして信じ,低く見て50%の人が業界に就職するとして,毎年2万人もの“オンラインゲーム開発者の卵”が,業界に巣立っていくというわけだ。 むろん,誰もがみんな開発者になるわけではないだろう。プログラマ,グラフィッカー,デザイナー,プロデューサー,広報,マネージメント……一口にゲーム関係とはいっても様々な職種があるし,そもそも人には向き/不向きというものがある。2万人もの人が,みな開発者としてやっていけるとは思っていない。とはいえ,この“数の暴力”は,日本のみならず欧米のゲーム業界さえも優に凌ぐ可能性を秘めていることは否定できない(*3)。
■行政がゲーム開発を推進するということ
なるほど,確かに日本にもゲーム専門学校は存在する。しかしザッと調べてみた感じでは,それらの中で統一されたカリキュラムを持っているわけではなさそうだし(むろんお互いに似たようなものを持っているのだが),オンラインゲーム開発を念頭に置いた専門コースというものも,まだまだ少ししか存在していないように思われる(*4)。政府による指導や支援が入る韓国の現状とは,比べるべくもない。 「政府が推進してるゲーム教育なんて言われてもねえ」と思う若い方(?)もいるかもしれないが,これがあらゆる意味で韓国ゲーム業界を強くしている底力になっていることは,疑いの余地がない。広い目で見た場合,日本の環境を遥かに凌ぐものになっているのだ。
そもそも行政がゲーム開発を推進することの最大のメリットは何か。 それは,「全国的に統一された,体系化された教育システムが行き渡ること」と,それに伴う「業界にデビューする人材の基礎教育レベルが高い水準で揃うこと」だ。これは,現状の日本の環境ではまだまだ実践できていない。 さらに学校によっては,卒業生にインターンシップ制度を用意しているところも多いし,純粋に就職先としてゲーム会社を持っている(!)ところさえある。韓国にもまだ一校しかないゲーム開発専門の高校は,その両方を兼ね備えていると聞く(*5)。
世界でもっとも子供率(?)が高いゲームショウであろうことは疑いの余地がない。しかも,彼らは一様にゲームのうまいこと! 花形職業であるオンラインゲーム関連は,子供の将来としても若干考慮されているのか,お父さんもお母さんも真剣だ
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ゲーム開発専門高校のカリキュラムを撮影。筆者も実はさっぱり読めないのだが,話を聞く限りでは普通にキチンとしたコース内容だった。基礎>応用>専門 という王道パターン。なるほど,大学と同レベルのことを学ぶだけのことはある
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一方,オンラインゲーム業界が立ち上がってまだ時間も経っておらず,開発者の絶対的な数が少なく,実践で得た知識を与えられる機会があまりないのが,現状の日本のオンラインゲーム開発の環境だ。オンラインゲーム市場は決して小さなパイではないのだが,それを支える開発者が著しく不足しているように見える。 むろん,一部突き抜けた人達は素晴らしい知識とノウハウを持っている。とはいえ,その絶対数――オンラインゲームという部分に特化した開発者の絶対数――が圧倒的に少ないことは,日本の各社と話をする中でみな最初に口をついて出る言葉が「どこかにいいサーバー屋さんとかネットワーク開発系の人いませんかねえ?」であることからも,想像がつく。この言葉を出さなかった日本の会社は,筆者が会っている中では皆無といってもよい。
しかし,それは現状では仕方のないことだ。 ほとんど輸入産業化している日本のオンラインゲーム市場は,まだ開発実例が少ないのだから経験がある人も少ない。また仮に経験がある人がいたとしても,韓国のように転職が盛んではない日本においては,そのノウハウやテクノロジーが共有化されることはほとんどない(*6)。みな,トライ&エラーや研究で学んでいくしかないのだ。 そもそもオンラインゲームが確固たるビジネスモデルを得て収益構造を確立させていない現状では,企業とてリソースを割きづらい。本格的に腰を据えてオンラインゲーム事業に取り組んでいる会社が,一体何社あることか。稼げるかどうか分からないビジネス――ゲームビジネスの主要な柱の一つであることは,ほぼ確実視してよいだろうが――に対して多くのリソースを投資するのは,これがまたなかなかに難しい。 しかし韓国には,いびつな形からのし上がった業界とはいえ,結果としてその実例は山ほど転がっている。さらに前述のように,誰でも渡り鳥のように転職してしまう習慣が不思議と正の方向に作用しており(*7),ちょっとした開発者ならみな,その出来/不出来や規模はともあれ,オンラインゲームのシステムを作ることくらいは造作ない。
■日本の開発者の情報交換こそ,いま早急に必要なものかもしれない
昨年会場で偶然出会った「ゲーム開発者育成の専門高校」の学生達が,今年はブースを出していたのでしげしげと眺めてみたのだが,なるほど,これはすごい。卒業制作で作っているという「友達7人で作ったMMORPG」や「横スクロールアクションゲーム」などを見ていると,17歳でこれを普通に作り上げる彼らが,あと数年して業界の基幹を支える人材になったときにどうなるのか,楽しみであると同時に恐怖さえ感じる。いまだ「職人の仕事」が美徳である(そして筆者も個人的にはそのほうが好きだ)日本や欧米のオンラインゲーム業界は,ただ後塵を拝すだけなのではないだろうか(*8)。 しかも彼らは,次のターゲットとして明確に「コンソールゲーム」を据えている。オンラインゲームを作るそのノウハウは,プラットフォームが違っても,コアテクノロジーにさほどの差はない。今でこそ収益性の面で圧倒的にPCに劣るので手をつけることはないが(開発費が高すぎる),いずれ環境が変わったときには,大挙して大波のように押し寄せてくるだろう(*9)。
メーカーか,学校か,国か,自治体か……それともメディアか。どこが中心となって行動を起こすべきなのか分からないが,何かもっと抜本的な策を講じて,オンラインゲームに関するノウハウを共有化していくべきではないか,と思った次第だ。開発者を育てる手法でもいいし,すでに開発者である人達の情報交換をするシステムでもいい。日本にもいくつかそういう活動は見受けられるが,それらはまだ,有効的な結果を生んで華開いているという状況ではない(*10)。 翻って語るならば,日本の環境に欠けているのは,ビジネスレイヤーの話を置いておくならば「オンラインゲームのシステムを作り上げるノウハウ」だけだ。いまだ世界のトップレベルである日本のコンテンツ制作力に,オンラインゲームのシステムを作り上げるノウハウが組み合わさったとき。そのときこそが,オンラインゲームというジャンルにおいても,日本が世界の先頭を走るときだ。
国をあげて行動を起こすことは,限りなく難しいし時間もかかるが,日本もそろそろ開発者を育成するキチンとしたシステムを必要としているのではないだろうか,という問題提起だと思ってもらえれば幸いだ。恥ずかしい話ではあるが,筆者はいままでこの部分にあまり目を向けたことがなかったのだ(というより,日本のゲーム開発環境を普通のものだと思っていた)。まさかここまで“基礎体力”に差が出ていたとは。 知らなかったことは仕方がない,けれど,知ってしまった以上は考えたい。本稿が,なぜ,日本には開発者を育成するキチンとしたシステムが存在しないのか,そのことへの問題提起だと思ってもらえるならば,そして読んでくれた誰かが,このことに目を向けてくれるなら幸いである。(Kazuhisa, photo by kiki)
会場にあった「GameJob Festival」の風景と,そこに貼り出されていた募集一覧。これが延々と壁に貼ってあった。説明を受けるために待っている若者もいっぱいで,業界の空気の違いを感じる
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(*1)だからこそ,この交通の便がちょっと悪い会場も,今後変わることはないだろう。政府の鳴り物入りで作られたものである以上,政府自らが使うしかないのだ。
(*2)余談だが,韓国で政府からの一定のルールに基づいた認可を受けると,人件費は最大80%まで政府が負担,オフィスの家賃は5年間に渡って無料などの,およそ会社を経営する身から考えると考えられないほどの恩恵が色々と受けられる。いまソウルに作っているという“韓国版シリコンバレー”のような場所も,バックボーンがテラビット回線で,それを格安な値段で使わせてくれるらしい。まだまだ政府の後押しは続きそうな気配である。
(*3)とはいえ,素人考えで申し訳ないが,ゲームという人を楽しませるエンターテインメントを作るにあたって本当に必要なことは,おそらくは「自分の中にさまざまな引き出しを用意しておく」ことではないかと思う。ゲームのアイデアの基になる色々な情報を抱え持ってこそ,真に「面白い」ゲームが作れる……のではないかと思っている。そういう意味では,この韓国の施策にも,根深い大きな問題があるように思える。
(*4)調査不足だったら申し訳ありません……。
(*5)いま韓国ゲーム業界では,この高校が“問題”になっている。高校の3年間であまりに高度な(そして大学とまったく同じレベルの)教育を施してしまうので,大学の存在価値が脅かされているのだ。高校を卒業した彼らは,大学には行かず即実践力として企業に雇われていくのだが,それがいいことなのか悪いことなのか……。
(*6)韓国のサーバーエンジニアの争奪戦は常道を逸している感がある。“超一流”の人材ともなると,年俸2億円というレベルでの壮絶な争奪バトルが行われているのだ。
(*7)上記(*6)と矛盾するようだが,その最大の問題は「お金」だ。一流以外の人材は安いギャラで使われがちで,またプロデューサークラスにしても,大ヒット作を出してもインセンティブが何ももらえなかったりする。そんな実情に嫌気がさした開発者達は,安住の地を求めて次々とさまよっているのだ。そして,その先々で自らが会得したノウハウを惜しげもなく(良い意味でも悪い意味でも)公開するので,まぁ実際には不思議でもなんでもないのだが。
(*8)とはいえ韓国とて,そこまで甘い状況ではない。日本で例えるならば「東大出身」(ソウル大学出身)のシステムエンジニアが数千人単位でごろごろいて,優秀な人も多い。その中で勝ち上がっていくのは,とても大変だ。しかし,みな将来性とやりがいを求め,オンラインゲーム会社に就職する。一発当てて名を上げることを目指して。関係ないが,韓国でただ一つのそのゲーム専門高校(韓国ゲーム科学高等学校)は,なんと全寮制。気合いが違う。
(*9)とはいえ韓国でのコンソールゲームの普及も,なかなか厳しそうである。SCEK(SCE Korea)は,つい先頃大幅なリストラを行い,そのオフィスはほとんど機能していない。圧倒的な普及台数と収益性の良さ,そして全世界共通というメリットを持った「PC」というプラットフォームから彼らが移動してくるのは,いつのことだろうか。
(*10)だからといって,それらの活動方法が悪いというわけではない。周辺を取り巻く環境が,効果的な活動を阻害してしまっているのが現状なのだ。日本のゲーム会社は,得てして開発者が外部と交流することを嫌う。そこへもってきて,教育レベルが一定でないがゆえに知識の幅や方向性で共通のテーマを見つけづらい,などの問題があり,うまく推進していくのが難しいわけだ。経済産業省のゲーム産業戦略が今後どういう動きを見せるのか,大いに期待したい。
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