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[TGS 2006#13]TGS Forum 2006基調講演で占う次世代ゲームの姿
2006/09/23 04:34
 東京ゲームショウの初日となる9月22日,幕張メッセの国際会議場で「TGS Forum 2006」が開催された。その基調講演として,ソニー・コンピュータエンタテインメント社長兼CEOの久夛良木健氏と,コンピュータエンターテインメント協会会長の和田洋一(スクウェア・エニックス社長)の講演が行われたので概要を紹介しておこう。



■PS3(PS4?)時代のゲームコンテンツ

 久夛良木氏の「PS3が創る次代のエンタテイメント」と題した講演には海外メディアも多数つめかけ,超満員での開演となった。11月11日に発売予定のプレイステーション3(以下,PS3)は,この東京ゲームショウで初めてプレイアブル展示されるとあって,PS3に関する久夛良木氏の講演にも注目が集まっていた。

 氏は,まず,8ビットCPUから始まった家庭用ゲーム機が,この20年でCPUクロックで4桁,パフォーマンスで5桁,メモリ容量では6桁もの飛躍的な進化を遂げたことを挙げ,その成果ともいえるPS3のデモ映像のいくつかを披露した。「バーチャファイター5」「リッジレーサー 7など,これまでよりも精細な画像となったゲーム映像が次々とスクリーンに映し出された。残念ながら,公演中のゲーム画像/映像の使用が禁止されていたので,興味のある人は可能であれば幕張メッセまで出かけてご覧いただきたい。

 PS3についての講演であったが,この日の話題の中心は,もっぱらWeb 2.0のようなネットワークに関するものであった。とくにネットワークを使ったユーザー参加型のコンテンツを次世代の課題と考えているようだ。
 例として挙げられたのはGoogle Map/Google Earthを念頭に置いたと思われる地図システムGlobal Map System(GMS)だ。
 Google Earthでは,地図データと衛星写真のデータを重ね合わせてリアルな市街図などを見ることができるのはもちろん,場所によっては建物のデータなどが入っており,3D表示させて見る角度を変えることもできる。現状ではあまり正確な表示はできないのだが,これはポリゴンモデルをちゃんと登録してやればよいだけのこと。久夛良木氏は,建築物を作った設計事務所なら設計図を持っており,それを使えば正確な3Dモデルを作ることができるはずだという。
 そういったものを提供してもらえる環境ができたなら,ゲーム制作の工程もかなり簡略化できる。また,ユーザーが作成したものも期待されているようだ。現在はデジタルカメラやビデオカメラなどが普及しており,ユーザーが作ったコンテンツを簡単にサーバーにアップロードできる仕組みもある。いろいろなところからデータを集めることで,精緻なバーチャル空間を構築することができると久夛良木氏は語る。昨今(または次世代)のPCやゲーム機の表示能力は非常に優れているので,マッピング情報や素材感などをきちっと指定していけば,非常にリアルな街を散策したり,画面の中でちょっとした小旅行のようなこともできるようになるだろう。それはそれで楽しそうだ。

Google Earthの表示例。地形や建物などを簡易3D表示することができる。ちなみに細長いビルのようなものは東京タワーだ……


グランツーリスモの制作でロケハンを行っている様子。GMSができればこのようなロケハンをしなくてもよくなるというが?
 こういった発想に至った背景の一つに,グランツーリスモシリーズの成功があるようだ。自動車メーカーからデータを提供してもらうことで,より正確なシミュレーションが可能となり,自動車メーカー側もプロモーションその他でのメリットが享受できるという,よき共同関係が構築されるまでになっているという。
 これを一般ユーザーにまで広げていくという考え方には,YouTubeやSNSなどの影響があるのだろう。このような「よき関係」が多くのユーザーとの間に築けるならば,新しいコンテンツが生まれてくる可能性も低くないだろう。



アルツハイマーの研究を行うFolding@Homeプロジェクト。Cellを使えば,一般のPCの10倍の計算ができるという
 そのほか,アルツハイマー遺伝子の構造計算を行うプロジェクトにCellを使ったコンピュータで参加するなど,ネットワークコンピューティングの試みなども紹介された。Cellは単独でもかなり高度な演算機能を持ち,それを集めればスーパーコンピュータ並みのものにもなる。IBMでは,実際にCellを1万6000個使った世界最速のスーパーコンピュータの設計を行っている。
 また,ネットワーク上のサーバーにさまざまなサービスが用意されていれば,クライアントは単にネットワークにアクセスするだけでさまざまなことができるようになること,およびその可能性が語られた。処理の大半を「ネットワークの向こう側」で行うようにすると,クライアントPCに要求される性能は非常に低いものでしかなくなる。
 現在,Thin Clientと呼ばれている端末は,入力とネットワーク処理,そして表示を行うだけのものである。アプリケーションを起動すると,プログラムはサーバーの上で実行され,画面だけが表示される。久夛良木氏は,そのようなサーバー集約型のコンピューティングにかなり興味を持っているようだった。

 Cellプロセッサをネットワーク越しに集積して,巨大な演算パワーを利用しようといった構想は当初から語られていたことである。ただ,これをゲーム用として使うには,ネットワークの速度など,多くの問題が残っている。
 興味深かったのは,ネットワークの向こうでのコンピューティングの話題でG-Clusterを意識したような発言が見られたことである。G-Clusterはまさにゲーム用のThin Clientだ。片や,PS3は超Fat Clientといってよい代物である。
 今後の主流はネットワークセントリックなものとなるだろうという展望を匂わせつつも,現状でPS2をエミュレートできるほどのサーバーはまだ存在せず,PS3のHD画像を転送できるようなネットワークも存在していない。よって,PS3の存在意義はあるという,ちょっと弱気(?)な主張も見受けられた。
 ネットワークやユーザー参加型コンテンツなどの可能性をいろいろ示しつつ,久夛良木氏は最後に,SCEが開発中のAfricaというゲームの映像を提示して講演を締めくくった。この作品がSCEの今後の方向性を示すものとなるらしい。このデモ映像は,リアルなアフリカの大地にリアルな動物達が生活している様子を淡々と描いたものである(PC用でRapid Reality Gamesが同名のMMORPGを開発しているが,まったく関連はないようだ)。ゲーム性はよく分からないが,ワ−ルドシミュレータ内で生活するというVR的なソフトだろうか? 例によって画像は提示できないのだが,PS3のみならず,今後のゲーム界のトレンドを示すものとなるかもしれないので,想像力をたくましくしてみてほしい。

 久夛良木氏の話の場合,かなり時代を先取りしているので,演題である「PS3が創る次代のエンタテイメント」とはかけ離れ,PS3よりもネットワークに関連した話題が多く聞かれた講演であった。
 しかし,久夛良木氏がPS2の発表時に語った「映画と見紛うようなゲームが実現できる」といったものはようやくPS3で達成されそうな段階であり,PS3自体では,当初語られていたようなCellのパワーを集積したネットワークコンピューティングは遠そうだ(簡単なP2Pアプリならすぐ動くだろうが)。今回の話もPS3ではなくPS4の姿だと思っておいたほうがよいのかもしれない。後半のトークセッションではPS4の予定について聞かれていたのだが,ハード的な話は出ず,ネットワーク系(サーバー系?)の話となっていた。PS4の本体はネットワークの向こうに設置されたCellないし高性能演算器の集合体で,端末はゲーム用のThin Clientになるのではないだろうかと予測するのは難しいことではない(真偽はともかく)。
 少なくとも,久夛良木氏はG-Clusterのようなアプローチを決して否定はしていない。「現状の」サーバーでは処理能力が十分ではなく,「現状の」回線では帯域が十分ではないという発言や,将来的にネットワークなどの問題が解決されるであろうという観測が意味するところは,十分このような展開を匂わせているように思われる。
 まだPS3は登場してもいないのだが,次のステップの模索はすでに始まっているようである。
 なお,講演のオマケで,PS3の低価格モデルの価格引き下げなども発表された。新価格は4万9980円。消費税は別だろうが,5万円を切るところまで下げてきた。素直に「ヨンキュッパ」ではなく,「ヨンキュキュッパ」であるあたりに微妙な葛藤が感じられる。もしかしたら最近「PS3,1台の値段でXbox 360とWiiが両方買える」と揶揄されたのを気にしていたのかもしれない。



■次世代ゲームを拓くもの

 続く和田氏のセッションは,CEDECで行われた講演とかぶる部分もあるものの,ゲーム開発者より少し上のレイヤーに向けた次世代ゲーム産業の課題を提示したものとなっていた。演目は「ゲーム産業の可能性と課題」である。

 和田氏の主張は明快で面白い。まず,市場の動向についてである。売り上げだけではなく,ユーザーの動向をも含めて市場を睨んでおり,ゲーム市場の伸びしろはまだまだあるという分析を行っている。とくに注目しているのは「ゲームをしたいと思っている人」だ。すなわち潜在的なゲームユーザーである。そのうえで「ゲーム産業における危機意識は量的観点ではなく,質的観点で持つべき」という主張を行っている。量的問題は,市場は拡大するのでさほど深刻ではない。質的な問題こそが致命的となりうるという。

 また,家庭用ゲームがどのように進化してきたかを分析し,ソフトの内容,インタフェース,メディアなどの点で技術的な変革がゲーム業界をどう変えたかなどを大雑把に検証した。ソフトの内容でいえば,2Dから3D。インタフェースでいえば,ATARIのジョイスティックからファミコンの十字キーコントローラ,PSなどのアナログコントローラへの進化。メディアでいえば,マスクROMからCD-ROMといった流れがゲーム業界にもたらした影響は小さくない。
 マスクROMは,大容量であれば当然価格も上がる。プログラムやデータの圧縮など面倒な処理も加われば制作コストも余分にかかるだろう。当時,マスクROM大容量化によるコスト高が限界に近づきつつあったという。これがCD-ROMに変わることで製作コスト,在庫管理コストなどが激減したという。



 ただ一つ,「よりリッチなコンテンツ」を目指すという方向性しかなかったという点を問題視している。ハードの進化もソフトの進化もよりリッチなコンテンツを実現することだけを目標にしてきていたのが,次第に変わりつつある。
 まずデバイスの多様化である。
 最先端デバイスであるPS3などは,ある意味リッチコンテンツに特化した最たるものであろう。その一方で,「リッチなコンテンツを追求するのではない」流れもあったと,ゲームボーイから連なる流れが書き加えられた。
 家電機器などのインテリジェント化が進み,現在ではゲーム機に限らず,さまざまな家電製品などでゲームを動作できるようになっている。携帯電話でゲームはもう当たり前である。カーナビなどは楽勝でできそうだし,極端な話をすれば電子レンジで動くシューティングゲームを作ったり,なんとなれば体温計でゲームを動かしたりなんてことだってできなくはないかもしれない。和田氏は,市場性があれば,ゲーム用でないデバイスへのゲーム展開を考えていくべきだと語る。

 現在,ゲームの潮流がPS2からニンテンドーDSに移りつつあるというのは,数年前には誰も予想しえなかったことであろう。ニンテンドーDSは,インタフェースの変革なども同時に引き起こしているが,なによりもこれまでにはなかった市場を開拓してきており,コンテンツの多様化という新たな方向性を提議している点が重要である。単なる携帯ゲーム機であれば,これまでにもあったのだ。これまでゲームをしていなかった層にアピールしたことがヒットの引き金となっている。先ほど述べた潜在的ゲームユーザーを掘り起こすようなコンテンツの多様化が求められているのだ。



 こういったことを踏まえて,和田氏は,どういった部分が飛躍のポイントとなるかを例を挙げて解説していた。
 分かりやすいブレイクスルーの例としては,ネットワーク流通が挙げられる。ゲームメディアはCD-ROMからDVD-ROM,BD-ROMなどに移行しているが,これは単に容量が増えただけで,ゲーム制作や流通のあり方を変えるものではない。CD-ROMなどのメディア販売からダウンロード販売に移行することによって,在庫がなくなり,パッケージ製造コストがなくなり,バグなどにあとから対応することも可能になり……と,メリットは計り知れないくらいである。
 テレビなどディスプレイデバイス一辺倒だった出力関係でも,新たな選択肢が出てきてもおかしくない。ようやくHD対応で解像度が上がってきたものの,それ以前はずっと旧式テレビの解像度に縛られていたのだ。和田氏は,レーザーで空中に描画するとか,玩具のロボットを動かすとか,ホログラムで出力するとかの可能性を挙げている。
 そのほか,課金方式,ネットワークゲーム,ユーザー参加型コンテンツなどさまざまな例を挙げていた。とくにネットワーク化によって,ゲーム会社はサービス業に近づいていくという見解が印象的だ。作って終わりではなく,それを基盤にサービスを展開することで収益をあげられ,逆にサービスの質が求められることにもなる。長らく製造業であったコンシューマゲーム業界も変化のときを迎えつつあるようだ。(aueki)



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http://www.4gamer.net/news/history/2006.09/20060923043431detail.html